真田丸、どうだった?

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真田丸感想第26話「瓜売」秀次の秀頼誕生による秀吉への恐怖心

      2017/02/03

第21回「戦端」でも「ほっとしている」

7月3日、真田丸第26話「瓜売」。自分の息子がこの世を去って「ほっとした」と言い、そんな自分を責める秀次。もう憐れでした。

豊臣の血を継いでもらおうとと話し、あんなに息子が生まれてくるのを楽しみにしていたのに、茶々の懐妊により一転してしまった秀次。「私の腕の中で、息子が息をひきとった。そのとき、私は息子の顔を眺め、そして、ほっとした。これで叔父上に睨まれなくてすむ」

 

そう話していましたが、「ほっとした」というセリフは実は以前にも話していました。おすて(鶴松)が生まれたときです。おすてが生まれてみなは私ががっかりしていると思っているがむしろほっとしている、そもそも私は跡継ぎの器ではない、と。

 

そしてこのとき、おすてのために風車つくってあげるんですよね。でもそれを渡すことができなくて。結局きりに託して、そして信繁が秀吉に渡します。このシーンを今になって思い返すと、すでに秀次の心境は複雑だったんでしょう。秀次、すんごいいい人だから、跡継ぎとかそんなの関係なく純粋におすての誕生を喜んであげたかったんじゃないかな。それなのに跡継ぎにならなくて良かったということにほっとしている自分がいる。そんな自分の不甲斐ない心境に気付きつつも、この時点ではまだ見てみぬふりをしようとしている。また、跡継ぎの器とかそういうことよりもむしろ、秀吉に怯えているような気もするのですが、「農民からここまで引き上げてくれた叔父上には感謝しかない」と話しています。もちろん感謝の気持ちもたくさんあったのでしょうが、人のことを大事にしたい優しい性格がゆえに、怯える気持ちもあるというのを人には言えなかったし、自分自身の中に封じ込めてしまったのでしょう。

 

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秀吉は秀次をどう思っていたか

秀吉に対してそういう繊細な感情を抱いていた秀次ですが、一方秀吉はというと、そこまで秀次に対して特別な感情は持っていなかったように思います。たまーにイラっとすることもあるけどね、ってくらい。信繁から、秀次からの風車ですってもらったときに秀吉は純粋に喜んでるし。さらには前回の「別離」で、鶴松はもういよいよだろうとなり気落ちしている秀吉、信繁はよいことを考えましょう言われますが、これから大きくなったら鶴松の奥方はどうされますかと聞かれて、「秀次に娘がおる。あれと一緒にさせよう」と話していますしね。秀次に対してポジティブな感情なのではとも思えます。そして今回秀次は、秀吉のことを情容赦ない人物だと怯えていますが、ばば様がもう余命が少ないのでいったん郷に戻りたいと信繁がお願いするとOKしてあげたりと人間味のある対応をしました。

 

…と秀次の方が気にしすぎる人物のような書き方になってしまいましたが、逆もまた然りだと思うんです。秀吉が秀次の心境に気付いていなかったと。秀次に限らず、秀吉のこれまでの非情な行いの数々が身内や味方にも影を落としてきたということを見ないようにしてきたというのもあると思います。

 

 

関白になってから大変だーというきりちゃんに話していた秀次、どこか無理しているようでした。元々、関白とか権威とかに興味なさそうだったのに、秀次らしくなく関白のことを生き生きと話していて。鶴松の誕生、そして死去、自身の関白就任に秀頼の誕生と目まぐるしく状況は変わっていく中で、その状況に合わせようと健気に一生懸命にやていく中で自身のバランスを崩していき、これまで優しいがゆえに押し込めてなんとかなっていた秀吉の恐怖心がもうどうしようもないくらいの限界になってようやっと自覚してしまったようでした。鶴松はもう生きていないと悟りながらもでんでん太鼓をたたく秀吉の姿には、ほかの豊臣家の人々と同様、涙していた秀次。そのときと、今回の秀次自身の息子の死は相反するものになっていて。ここまで心が疲れてしまった状態では、たとえ直近の不安の種がなくなったとしても、これから起こることがもう何から何まで不安になったり自責の念にとらわれたりとどうしようもない精神状態になりそうです。もしその環境から身をひき、ある程度長い間離れることができたなら徐々に回復できたのかも知れませんが、決して逃れることができなかったのでしょう。

 

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 - 第26回「瓜売」(7月3日)