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【真田丸】第18話「上洛」感想!「わしはどこで間違った」昌幸の言葉と松との再会

      2017/02/02

源三郎「間違えてなどおりませぬ」

真田丸第18話。秀吉から、徳川の家来になるように命じられた昌幸。昌幸にとっては徳川家康は宿敵なのに。昌幸の痛々しい気持ちが伝わってきました。

 

昌幸「おもしろいのう。人の世というものは。武田が滅んでから今日まで、騙し騙され、裏切り裏切られ、死ぬ気でここまでやってきた。己のすべてを懸け、知力のすべてを尽くして戦った。その挙句、辿り着いたのは、秀吉の家来となった徳川の、その、また家来。こんなにおもしろいことがあるか」

信繁「申し訳ございませぬ」

昌幸「お前が謝ることではない」

信幸「父上。冷えてまいりました。中へ入りましょう」

昌幸「源三郎。源次郎。わしはどこで間違った?教えてくれ。わしはどこで間違った」

信幸「間違えてなどおりませぬ」

信繁「父上は大名となり、領地を守ったのです」

昌幸「さて。休むとするか。明日は早い」

 

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このシーン、源三郎に賞賛の声が多々上がっています。

 

 

 

これだけ屈辱的でみじめな仕打ちを受けながらも、そしてこれまでも何度も辛酸を舐める思いをしながらも、真田を守り抜いた昌幸。信繁に「お前が謝ることはない」と話していて、すべては自分の責任だと感じている。そんな父上の気持ちを信幸も信繁も心底分かっていて、そしてむしろ誇りに感じていることでしょう。簡単に調べたのでもしかして誤りだったらすみません、昌幸が上洛したのは1587年2月24日のことで、今でいうと4月1日です。庭に咲いていたのは桜でしょうか。切なくも美しくて、昌幸を称えているようでした。

堺雅人さんが、大坂の生活はコネで入社して中枢に関わっているサラリーマン生活、なんて例えていましたが、私たちの生活にもリンクするように4月から大坂編がはじまったのでは、なんて声もありました。もしかしたら昌幸の今回のことも、人生懸けてやってきて、いざ4月からの新しい生活で辿り着いたところはこんなにも思い描いたものと違うのか、という人に向けてのメッセージも含まれているのかも知れません。どこで間違ったのか、いやどこも間違ってはいない、と。

 

そんな昌幸でしたが、松との再会に顔がほころびました。

 

昌幸「生きておっただけでも儲けもんじゃ」

信幸「そう思います」

昌幸「つらいことがあれば、その分、良いこともある。世の中、ようできとるわい」

 

生きているだけでも良かった。昌幸は自分自身にも言い聞かせたのでしょう。徳川の家来になることは到底受け入れられるものではないですが、それでも、真田が生き延びただけでも良かった。そう思いながら、色々な言葉を飲み込んで、家康に頭を下げたのかと思います。

草刈さん、精力的に真田丸関連のイベントに参加しては、嫌いな登場人物は?との質問に「徳川家康。胸糞悪いよね」と発言しているようです(笑)草刈さん自身も、家康に頭を下げるのは相当な屈辱だと感じているようですね。

 

ところで松ねえさんは、なぜ記憶を取り戻りたのでしょう?

 

辛いことがあって記憶をなくした、ということで、そして今回の家族との再会で記憶を取り戻したのであれば、松にとっての辛かったことは真田の家族と離れ離れになったことということになります。てっきり、最愛の夫、小山田茂誠さまと会うことで記憶を取り戻すパターンかと思っていましたが、松にとっては昌幸らの家族も大事な存在。すぐには思い出すことはできませんでしたが彼らとの再会で少しばかり時間をかけたものの記憶を取り戻したのではないでしょうか。

 

そして、きりちゃんのかかとカサカサのシーンの回想。この場面、命からがら小山田茂誠が真田のところに帰ってきたあとのことでした。あのとき松は、食事が喉を通らないほど悲しんでいました。そこからの茂誠との再会。松自身も、大切な人と再会できたときの喜びを思い出したのかも知れません。今回は真田一家、昌幸らとの家族との絆のお話だったから茂誠のことはあまり全面には出さずに、だけど松といえば茂誠が深く関係してるから、茂誠のことがちょっとかすってるエピソードで記憶を取り戻すようにしたのかな。

 

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参考:

堺雅人「真田丸」大坂編は「コネ入社の楽しいサラリーマン生活」 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能


 - 真田昌幸名言・名場面, 第18回「上洛」(5月8日)