真田丸、どうだった?

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真田丸感想第25話「別離」鶴松との別れの秀吉と茶々、寧

      2017/02/02

6月26日、真田丸第25話「別離」。茶々が寧の懐で号泣するシーン、こちらも泣いてしまいました。

 

鶴丸と遊んだ部屋で、呆然とする秀吉。「鶴松は何のために生を受け、何のために死んでいくんじゃ」「もっともっと、いい衣を着せ、おいしいものを食べさせ、楽しい思いをさせてやるつもりでいた」

 

秀吉が我が子どもに対して思っていたことは普通の幸せなんだなと感じました。おいしいもの食べさせたかった、楽しい経験をして欲しかった…と。その後信繁に励まされて「いずれは鶴丸は関白になる」「自分は明を攻める」といった先の展望を語っていますが、でもただただ悲しみに暮れていたのは「関白になってほしかった」なんてことではなくって。秀吉に取り入るためとかで各地の有力者がお見舞いに来ていますが、秀吉自身は純粋に我が子を愛していたんだなというのが伝わってきました。

 

最後のでんでん太鼓を鳴らすシーンは悲しすぎました。生前、きっとでんでん太鼓で喜ぶ鶴松の顔をたくさん見てきたのでしょう。そして死んでもなお、心のどこかで喜ばせようとしている。富も権力もあらゆるものを手に入れた秀吉が最後に子どもにしてあげたことが、でんでん太鼓を鳴らしてあげることでした。

 

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そして茶々。自分自身でお腹を痛めて産んだ子です。鶴松はもう帰らなくなったと悟り、ひとり部屋から出ていくときの歩き方がもうおぼつかない様子でした。なのに信繁から鶴松の横にいなくてもいいのですかと聞かれて、「だって…死んでしまったんですもの。横にいたって仕方がないでしょう」

以前、大蔵卿局が茶々のことを「悲しむのをやめてしまったのです」と話していました。たぶん、そういうふうにとりつくろっていたのでしょう。強がりを言っているものの、歩き方から表情から、悲しみでいっぱいで。本当のところは横にいるのが耐えられないから出て行ったのではないでしょうか。

しかし寧には茶々の気持ちが分かっていたのでしょうか。親のいない茶々にとって、血の繋がった子どもの存在は人一倍大きかったでしょう。子どもがこの世を去っていった悲しみ。大事な人がいなくなっていく孤独感。寧に抱きしめられて、茶々も抑えていた感情が一気にあふれたように、金切り声を上げて泣きました。そんな茶々を温かく受け入れる寧。寧と茶々、母と娘のようでした。

 

これまでおすてを溺愛する場面がたくさんあったのは秀吉の方。茶々は秀吉がおすてをかわいがっている横で見守っていたりと、どちらかと言えば控えめでした。それでも母親として我が子を愛していたんだなというのが痛いほど伝わってきました。

 

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 - 第25回「別離」(6月26日)